書籍・読書

片岡義男と、2度目の週末の午後。

BRUTUSCOPE

No. 781(2014.07.01発行)
ドラマがつまらないなんていったのは誰だ!
左から片岡義男、堀江敏幸、川㟢大助。会場の中には熱心にメモを取る人も多く見られた。

堀江敏幸と川㟢大助、2人の作家が探る「片岡義男の頭のなか」。

 作家・片岡義男がデビュー40周年を迎える。1974年、「白い波の荒野へ」でデビュー後、『スローなブギにしてくれ』『彼のオートバイ、彼女の島』『ボビーに首ったけ』に代表される角川文庫シリーズ(通称「赤背」)が全国の書店に並び、映画化作品もヒット。80年代初頭には一躍世に知れ渡る存在となった。
 その活躍の場は文学界のみにとどまらない。作家としての成長期には創刊されたばかりの『POPEYE』『BRUTUS』へ寄稿、ラジオ番組『気まぐれ飛行船』のパーソナリティを務め、R&Rやオートバイ、サーフィン、アメリカのカウンターカルチャーなどの伝道師として活躍。特筆すべきは、彼がこの40年間とどまることなく書き続け、長年の愛読者を魅了しつつ、新しい読者をも獲得し始めているということだ。
 下北沢の〈本屋B&B〉で開催されたイベントでは片岡義男を師と仰ぐ作家の堀江敏幸と川﨑大助が、最新短篇集『ミッキーは谷中で六時三十分』を手掛かりに、「片岡義男の頭のなか」を探った。

片岡作品が今になって純文学界隈で絶賛され始めている。でも、その新しい読者が、もしかしたらかつての赤背時代をよく知らないのかもしれないってことが僕はずっと気になっていました」とは川㟢の指摘。確かに本作『ミッキーは谷中で六時三十分』収録作品は、40年のキャリアを考えれば意外かもしれないが、片岡義男の文芸誌『群像』デビューだったのだ。これに対して堀江はこう分析した。「片岡さんが書き続けてきたものは分類不可能な文章だったと感じています。片岡さんが書くことで媒体や読者に変動が起こる。その効能に世間がやっと気づき始めたんでしょう」
 かつて編集者からはKKKと呼ばれていたと語る片岡。“こうしか書けない片岡”。しかし、それを読めるのが読者にとっての喜びであると、堀江は続けた。
 本書収録作品「吉祥寺でコーヒーは飲まない」には次のような文章がある。
“というアイディアの是非を、アンナは自分に問いかけた。問いかけるまでもなくすでに答えは出ていて、それは次の行動に直結した”。
 これこそが片岡文体だと堀江は言う。「作中人物の問いかけの角度、アイディアを処理する時の温度と、片岡さん本人が世界に向けるまなざしとが常に一致しているんです。こういった文章を身体に入れると景色の見方が変わってくる。認識の回路が作り変えられるんです」
 しかし片岡本人は無意識だと笑う。それでは片岡は、言葉をどのように発見し、小説に取り込んでいくのだろう。
 片岡義男の初期作品『ロンサム・カウボーイ』はアメリカ大陸の各地を舞台としたもので、『波乗りの島』はハワイサーファーたちを描いた小説だ。『友よ、また逢おう』は100年前のニューメキシコを舞台とした西部劇となっている。しかし近年の作品は日本が、本書収録作品はすべての舞台が東京の街だ。下町風情を残す「谷中」、私小説作家と呼ばれる者たちが集った「高円寺」の喫茶店や食堂で人物が出会い、歩きながら赤提灯を探す。「これまで使わなかった場所や言葉に興味が広がってきたんです。でも、その世界が小説になるかどうかを僕に発見させるのは、常に言葉側ですよ」と語る片岡に、川﨑が返す。「舞台が僕たちの生活に近くなったのは、ある種スリリングなことです。見慣れた場所もこう切り取ればこんな見え方をするんだってことを、突きつけられるわけですから」
 居酒屋という場所は、片岡が面白いと感じるようになった新しい場所の一つだ。ここで多くのタイトルや小説を立ち上げてきたという。
「塩らっきょうの右隣」(『真夜中のセロリの茎』収録)は、居酒屋の壁に貼られた短冊の品書き、わずか数センチの距離が30枚近くの短篇になったもの。この作品について片岡は振り返った。「塩らっきょうという言葉があって、その右隣にえんどう豆。この二つの並びからタイトルをひねり出せば、物語は浮かび上がってきました。左隣ではなく右隣とすることで、右側にいる者の方が偉いという関係性が最初に決まったわけです」
 片岡作品は詳細に設計図を引いたうえで書き始められる。しかしその展開の中では偶然の出来事がよく起こる。その理由を片岡はこう説明する。「人物は勝手に出会って会話をして、新たな関係を作っていきます。偶然っていうのは、会うチャンスなんですよ。あればある方がストーリーは動く。“やけに偶然が起こるな”と人物が思ったならば、僕はその声を聞きとって書くだけのことです」。ボードゲームのコマはあらかじめ作っておくが、サイコロの振り方は人物に委ねるわけだ。
 最後に片岡はこう断言した。「自分の中に掘るべき井戸はないです。興味があるのは自分の外側の世界だけ。これはデビュー当時から変わりません」

店頭には、最新短篇集『ミッキーは谷中で六時三十分』、『片岡義男クラシックス』をはじめ片岡作品が並ぶ。

片岡義男。連続トークイベント開催中。

『〜作家デビュー40周年記念〜 「片岡義男と週末の午後を」』

片岡義男のデビュー40周年を記念した連続トークイベントが、下北沢の本屋B&Bで開催中。全6回で構成されるこのイベントは、毎回テーマに沿ってゲストを招き、片岡義男の孤高にして闊達な表現世界をさまざまな角度から探訪するというもの。司会を務めるのは新進作家の川㟢大助。初回ゲストには本誌編集長・西田善太も出演した。さらに、著者公認・絶版短篇復刻ZINE片岡義男クラシックス』が部数限定でTOKYO CULTUART BY BEAMS(☎03・3470・3251)から発売中。シリーズ続刊も決定。最新情報はB&B公式HPまたは☎03・6450・8272。

片岡義男

かたおか・よしお/1940年東京生まれ。74年「白い波の荒野へ」で作家デビュー。翌年発表した「スローなブギにしてくれ」で野生時代新人文学賞受賞。小説、評論、エッセイ、翻訳などの執筆活動のほかに写真家としても活躍。今年作家デビュー40周年を迎える。

photo/
Shinichiro Fujita
text/
Ayako Kimura

本記事は雑誌BRUTUS781号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は781号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.781
ドラマがつまらないなんていったのは誰だ!(2014.07.01発行)

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