エンターテインメント

ニコラス・ローグの自伝に触発され…。

滝本誠のCAFÉ NOIR

No. 779(2014.06.02発行)
喫茶店好き

 前回に映画監督ダニー・ボイルの語り下ろし本を紹介しましたが、この監督がもっとも尊敬する監督がニコラス・ローグです。ローグについてボイルは次のように語っていました。
「ローグの作品はアートであり、ひどく挑発的ななにかである。すべてに理解が及ばずとも、彼の作品には本能的に魅せられてきた」
 ミック・ジャガーを起用しての監督処女作『パフォーマンス』(1970)、ヴェネティアを迷宮として、またゴシックのヴィジュアルとして構築し、そこに〈赤ずきん〉を放ってみせた『赤い影』(1974)、デイヴィッド・ボウイのSF的肉体を美しく封印した『地球に落ちてきた男』(1976)、さらにアート・ガーファンクルから繊細な演技を引き出し、エゴン・シーレ、グスタフ・クリムト・ブームに火を点けた〈ウィーンの心理学的観光映画〉=『ジェラシー』(1980)……、どうなのでしょうか、わが国におけるローグの知名度は? もはや、考古学の対象でしょうか?
 ローグは1928年生まれ、ということは86歳ですね。年齢的には半分化石のローグが書き下ろした映画的自伝『The World IS Ever Changing』(Faber and Faber/2013)が、しかし、若々しい内容です。そのタイトル通り、テクノロジーを含め、映画の未来にとても前向きであることです。出版において〈紙〉に拘泥している小生など猛省しなくてはいけませんね、無理ですが。
 先頃、来日した米国の作家ジェフリー・ユージェニデス(『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』ハヤカワepi文庫)が12歳の時、母親とデトロイトのヨット・クラブのボールルームでローグの『美しき冒険旅行』(1971)を観たときの衝撃を書いた文章が引用されていて、これがすばらしい。父親の自殺で始まり、少女と幼い弟がオーストラリアの原野に置いてきぼりになってしまう。まさにジェフリーにとって、この映画が、大人への〈通過儀礼〉となったことが語られます。ローグも『ニューヨーカー』の夏の映画特集に書かれた一文が嬉しかったのか、全文掲載して、コメントしています。ローグの明るい遺言のような本書ですが、あと1本撮ってほしいですね。

エンターテインメントカテゴリの記事をもっと読む

たきもと・まこと/映画回りの仕事をポツポツと。初夏の映画パンフ原稿は『her 世界でひとつの彼女』。

本記事は雑誌BRUTUS779号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は779号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.779
喫茶店好き(2014.06.02発行)

関連記事