国民総レビュアー時代、“良いレストラン”はどこにある⁉

BRUTUSCOPE

No. 778(2014.05.15発行)
親と子
菊地さん行きつけのレストランにて。平野さんは、自分の写真を使用した書影のアイデアが提案された際『スペインの宇宙食』も書影が本人写真であることに倣うつもりで採用することに決めたと言う。

年の差28歳、菊地成孔と平野紗季子の真夜中に花咲くグルメ談議。

深夜0時過ぎ、新宿のイタリアンレストラン。「僕にとっては昼食の時間です」と切り出したのは音楽家の菊地成孔さん。メニューを真剣に悩んでいるのは初めての著書『生まれた時からアルデンテ』を出版したばかりの平野紗季子さん。2人は初対面。かねて、菊地さんの著書『スペインの宇宙食』のファンだったという平野さんの熱烈オファーで実現した真夜中の密会。行く末はいかに。

平野紗季子
菊地さんの、『スペインの宇宙食』(*1)が好きなんです。〈エル・ブリ〉(*2)に行ったことはあるのでしょうか。
 
菊地成孔
ないですよ。行こうとも思わなかったです。
平野 
そうじゃないかと思っていました。〈エル・ブリ〉に関連する本はたくさん読みましたが、菊地さんが書いた数ページを読んで、「こっちの方が面白い!」と感銘を受けて……。行ったことのない人の言葉で、その場に行きたくなった自分の感覚がとても新鮮でした。
菊地 
あれはフィクションですからね。インスピレーションを受けて、アルバムも作りました(*3)。『スペインの宇宙食』は、書いていたブログ編集者の目に留まって書籍化したものです。
平野 
私もそうだったんです(*4)。
菊地 
ネットエッセイストと名乗るのはいかがでしょう。僕はブログはほとんど読まないです。
平野 
やっとしっくりくる肩書が見つかった気がします(笑)。
菊地 
でも僕はそもそも、インターネット自体を麻薬のようなもの(*5)だと思っているので、好きではないんです。
平野 
SNSは反応が早くて面白いですよ。ただ私も、店を選ぶ時にはレビューサイトは見ないようにしています。人のレビューを読んでからその店に行くのは、映画のクライマックスを知ってしまってから映画を観に行くのと近いと思うんです。
菊地 
それはグルメ本でも繰り返されてきたことで、レビューサイトから発生した有害性ではない気もします。昭和のグルメ本は、毒舌ですよ。
平野 
確かに、そうですね。でも、それらは著者が実名で素直なことを言っているような印象で、逆にすっと受け止められるんですよね。そういえば家族でよく行ったレストランについて、菊地さんが書いた批判的な文章を読んだことがあります。
菊地 
僕には合わなかったというだけのことです。恋愛のように、レストランとも相性がありますから。でも、僕は基本的に音楽家と料理人に関しては、下手くそでも信頼しているんですよ(*6)。
平野 
嫌いなレストランの料理人も尊敬しているということですか。
菊地 
そう。「好きだけど、ケチをつける」という感覚は、今ではなかなか伝わらなくなりましたね。「このワインはすごくおいしいけど、あれはそうでもない」と言っても「基本的にワインは愛している」ということはあるじゃないですか。今は、「批判=敵対」と解釈されてしまう、ギスギスした状態です。
平野 
私もその壁にぶつかりました。「おいしくないところが良い」と書くのも良くないみたいで……。私はそれが、その店が良い店である理由だと思って書いているのですけれど。
菊地 
自分にとってちょうど良いことが良い店の全てだと思います。僕の場合、「深夜営業」と、「伊勢丹から徒歩圏内」が最低条件です。

*1

2009年に小学館から出版された菊地成孔さんの第1作。1999年から2002年にブログ上に書かれた、音楽や料理、映画や文学に至るエッセイがまとめられる。

*2

スペイン郊外の海沿いという不便な立地にありながら、世界一予約がとれないと言われていたレストラン。英雑誌『レストラン』において、世界一のレストランに5度選ばれている。コースの品数がとても多いことでも知られる。2011年、惜しまれながら閉店

*3

2004年に発表された『DEGUSTATION A JAZZ』は、〈エル・ブリ〉のコースに見立てて、41曲が収録されたアルバム。

*4 

格付けや食べ歩き記録とも違った、日常の食にまつわる発見を綴る個人ブログが人気を博し、2012年よりウェブマガジン「.fatale」でブログスタート。ブログの内容をまとめた書籍の出版が決定した。

*5 

掲示板サイトも見なければ、SNSも一切やらないという菊地さん。「頼りにしている数人のブログしか見ていない」そうだ。

*6 

菊地さんいわく、母方は寿司屋、父方は料亭を営み、親戚が料理人ばかりであることも、料理人を信頼する一因かもしれないと分析。

平野紗季子

ひらの・さきこ/1991年生まれ。小学生のときから食日記を書き続けてきた食事好き。中学時代に始めたブログが徐々に注目を集め、大学在学中より雑誌等に寄稿。今年4月、初著書『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)を出版。

菊地成孔

きくち・なるよし/1963年生まれ。音楽家、文筆家、音楽講師。毎週日曜19時より、TBS RADIO(東京)にて『菊地成孔の粋な夜電波』を配信中。最新作は、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール『戦前と戦後』(CDDVD)。

photo/
Shimpei Suzuki
text/
Rio Hirai

本記事は雑誌BRUTUS778号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は778号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.778
親と子(2014.05.15発行)

関連記事