『ホール・アース・カタログ』の現代版なる「道具」事典。

BRUTUSCOPE

No. 775(2014.04.01発行)
東京で見る、買う、食べる、101のこと。
定義通りのツールもあれば、マニュアル類やウェブのサービスなど広義での道具もある。それぞれに細かい解説とレビューが付いている。ブログは現在も日々更新されている。

デジタル思想界の長老ケヴィン・ケリーに聞く。

 ケヴィン・ケリーを知っているだろうか。1969年にカリフォルニアで誕生した伝説の道具帳『ホール・アース・カタログ』のエディターの一人で、US版『WIRED』のファウンダーの一人でもある。カウンターカルチャーとIT界が重なる場所から、デジタル時代の哲学を語る長老のような人である。
 そのケリーが最近『クール・ツールズ』なる本を刊行した。早速注文してみると『ホール・アース・カタログ』とほぼ同じ判型のカラー本が届いた。500ページ弱に、およそ1200もの「ツール」がぎっしり並ぶずしりと重い本。「ツール」と一言で言っても、工具箱に入っているような古典的なツールもあれば、ソフトウェアやサービスの情報が紹介されている。「車を購入する」というトピックがあるかと思えば「パラドクス」という項目があったりする。リファレンス本ではあるけれど、読み物としても面白い。今なぜこれを出版することにしたのか、サンフランシスコの郊外にある自宅で執筆活動をするケリーに電話で聞いてみた。
 そもそもは登録者の受信箱に届くメーリングリストとして生まれ、10年ほど前にブログになった「クール・ツールズ」。最初に紙版を作りたいと思ったのもその頃だった。
「2013年に、面白いものを厳選して、コピーし、自分で綴じて本にして、クリスマスプレゼントにして配った。それからずっと本のアイデアを温めていたんだ。子供たちに現代を生きるためのツールをプレゼントしたいと思ったけれど、とても道具箱に収まる量じゃない。それでやっぱり本を作って、道具箱に添えようと思った」
 10年間にわたり、週末を除いてブログに毎日ポストされた大量のツールを厳選するにあたり、ゆるやかな条件を決めたという。
「僕の思う“ツール”は、便利で重宝するもの。そしてそれを使うことによって、より多くの可能性を開いてくれるもの。わずか数年で何もかもが古くなってしまう世の中なので、電化製品類はなるべく避けて、少なくとも今後2年くらいは有用であり続けるようなものを選ぶようにしたんだ」
 普段執筆するものの大半をウェブで発表しているケリーが、この本をわざわざ紙に刷った理由もふるっていた。
「重さは5ポンド(約2・5㎏)もあるし、足に落としたら痛い思いをする。それでも本にしたかったのは、ウェブでは実現できないことがまだわずかにあって、それは“読書体験”を提供できること。この本にはいろんな情報が詰まっていて、ページを開くと、いろんな項目に目移りする。視線が項目と項目の間を動くことで、頭脳が働いて、様々なことを連想することができる。この体験がスリリングなものであればいいと思う」
『ホール・アース・カタログ』の現代版のつもりで作った本のターゲットは、大学生などこれから社会に出ていく若い大人たち。
「勘違いしてほしくないのは、この本は消費主義を奨励するためのものではない。ツールがあると知ることで、アイデアが浮かぶことがある。今の世の中、知識があるかないかで個人が持てるパワーが違ってくる。これから世に出ていく若者たちが、学校では教えられないけれど、知っていると力を得られることを学べる本にしたかったんだ」
 この本も、まさに「個人が持てるパワー」の象徴だとケリーは言う。
「ほぼ同じサイズ、同じ情報量の『ラスト・ホール・アース・カタログ』を作るために35人が参加した。『クール・ツールズ』は多くの人の知識が詰まっているけれど、2人の編集者で作ることができた。それもツールが存在し、その使い方を知っているからだ」
 ツールが広げる可能性のおかげで、一人の人間でできることが増えているからこそ、ケリーが提案するのは、消費者であると同時に生産者であれということ。
「一人の人間が生産者消費者の役割を同時に果たすことも、同時にクリエイターとオーディエンスでいることもできる時代なんだ」

KEVIN KELLY

ケヴィン・ケリー/スーパーコンピューターを開発したスチュワート・ブランドが始めた『ホール・アース・カタログ』に参加後、『WIRED』創刊メンバーの一人に。執筆の多くは自身のサイト(http://www.kk.org)で発表する。

『COOL TOOLS』

デスクトップ・パブリッシング・ソフトを使って、2013年12月に自身の〈クール・ツール・ラボ〉から出版した。裏表紙には「喧嘩に勝つ」「マッシュルームを育てる」「家でコンサートを開く」「ログ・キャビンを建てる」など、この本から学べることの一例がリストされている。

text/
Yumiko Sakuma

本記事は雑誌BRUTUS775号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は775号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.775
東京で見る、買う、食べる、101のこと。(2014.04.01発行)

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