エンターテインメント

現代言語学の父、チョムスキーとは何者か。

BRUTUSCOPE

No. 775(2014.04.01発行)
東京で見る、買う、食べる、101のこと。

半世紀にわたり君臨する巨人が来日時に見せた2つの顔。

 言語学、哲学、政治学、社会学……と多岐に及ぶ言論活動を、半世紀以上にわたって繰り広げるノーム・チョムスキー。そんな現代の“知の巨人”の珍しい来日の機会となれば、誰だって生で聴いてみたいものである。3月5日、6日の2日間にわたって上智大学構内で行われた連続講義は、予約開始から早い段階で満席。当日は空席待ちの長い列もできた。
 1950年代に「生成文法理論」を提唱して言語学の世界を大転換させたチョムスキー。その論をごく大雑把に言うと、人間には生まれながらにして言語能力が備わっている、というものだ。幼い子供が数年という驚異的な短期間で言語を話すようになるのは、人間が生まれながらにして言語の初期状態である“普遍文法”を備えているから。周囲で話されているのを学習するから話せるようになるってだけではない、というわけだ。
 20代の若さでこの論に辿り着いたチョムスキーは、“チョムスキー以前/以降”と時代を区切れるほどに、言語学の根本的性格を変えた。それが人間の生まれつきの能力と関わるならば言語学とは人間の本質の探求ですらあるからだ。そんなところから、彼の生成文法理論は認知科学や脳科学、ひいてはコンピューターサイエンスなど、言語学の周縁の分野へも大きく波及していく。彼の研究が論争の種となる例も枚挙にいとまはないが、それもこれも彼が言語学の分野で大きな影響力を持つからこそのこと。「現代言語学の父」
という称号は伊達ではないのだ。
 一般的にはしかし、言語学者としてのチョムスキーより、鋭い批評眼をもった論客としての一面がよく知られるところだろう。60年代アメリカベトナム反戦運動で中心的知識人として活動して以来、旺盛に政治批評を展開。政治や戦争、それを人々に伝えるマスメディアにまつわる著書は軽く100冊を超え、人々の“自由”を脅かすものたちへと立ち向かってきた。記憶に新しいところでは、ブッシュ指揮下のアメリカが湾岸戦争からイラク戦争へと加速していくさなか、アメリカこそが最大のテロ国家だと著書やインタビューを通じて暴きたてたのがチョムスキーであった。
 今回の上智大学での連続講演は、この彼の2つの側面をくっきりと示すもの。『言語の構成原理再考』と題した初日には、普遍文法や生成文法理論を自らの言葉で説き、『資本主義的民主制の下で人類は生き残れるか』と題した2日目には、現代社会の問題点を明らかにし、人々が選ぶべき道を示した。そして質疑応答の時間に次々に手が挙がり、多岐にわたるアドバイスが求められるたび、最後にはお約束のように「自分の知識と経験をフル稼働して自らで判断せよ」と付け加えるのだった。御年85歳、2時間の講義を休憩も挟まず立ったままこなす健在ぶり。自ら考えることを決して放棄しない、頼れる先達の姿であった。

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『言語と精神』
ノーム・チョムスキー著、町田健訳/生成文法の最重要概念である〈普遍文法〉について、平易に解説した一冊。チョムスキー入門書として最適。河出書房新社/3,300円。

チョムスキーアメリカを叱る。』
ノーム・チョムスキー著、伊藤茂訳/2006~07年にかけて行われたインタビュー集。アメリカの外交政策や政治の欺瞞がわかりやすい言葉で暴かれる。NTT出版/1,600円。

text/
Sawako Akune

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No.775
東京で見る、買う、食べる、101のこと。(2014.04.01発行)

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