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世界で読まれるル・クレジオの創作。

BRUTUSCOPE

No. 772(2014.02.15発行)
日本一の「お取り寄せ」最終案内

「小説」とは、読んだ後に世界が変わってしまうもの。

 作家ル・クレジオの来日に合わせて開催された講演会とサイン会。どちらも定員は早々と埋まり、サイン会では氏の到着を待って長い列ができた。定刻をわずかだけ過ぎて現れたル・クレジオその人は、背筋のすらりと伸びた、見るからに品の良さそうな男前。とはいえぐっと相手を見つめる眼光はやはり鋭くて、大作家の風格が隠しようもなくにじみ出る。
 1963年に『調書』でデビューし、大きな文学賞を得たル・クレジオ。23歳の若さに加えて長身痩躯の美貌の持ち主であった彼は一躍フランス文学界の寵児となるのだが、彼が歩くのは単なる“美貌の作家”に留まらない、独特の道だ。南仏に生まれ、文化の中心ともいえるパリはすぐそばにあるのに、あえて距離を置き、一ヵ所に留まることを拒むかのように、世界のあらゆる場所に身を置き、そこから作品を練り上げるのである。
 例えば1970年からの4年間は、パナマの密林に住む先住民族と共に生活。この経験は、インディオ文化とヨーロッパ文明との葛藤が描かれる『悪魔祓い』に結実したし、その後の70年代後半のメキシコ各地滞在の日々は、アメリカ先住民の研究などに費やされ、それが、作品『砂漠』へと結びついた……といった具合。
 自分の身体をフィジカルにヨーロッパから引き離して「彷徨」することで、近代以降ずっと支配的であり続けるヨーロッパ文明を、批判的な視点で描いてきた作家。2008年のノーベル文学賞受賞は、彼の文章の美しさはもちろんのこと、そんな業績が認められたからこそのことでもあった。
 デビュー以来約半世紀、コンスタントに作品を発表してきたル・クレジオ。今回邦訳版が出版された『隔離の島』は、自らの祖先のルーツを探る自伝的3部作の第2作である。本国では95年の発表の邦訳の出版によって、ようやく日本語でも85年発表の『黄金探索者』(『世界文学全集2−9』所収、河出書房新社)に始まり、2003年発表の『はじまりの時』(原書房)で完結する3作すべてが読めることとなった。
『隔離の島』は、自らの祖父が故郷・モーリシャスに帰省する船上で天然痘騒ぎに遭遇し、検疫のために隔離されたという実話にインスピレーションを得て描かれた物語。登場人物たちは、目的地の近くに40日にわたって足止めされ、薬や食糧が不足していく極限状態を経験する。どこまでが本当の出来事で、どこからが作家の空想なのかを判断するのは、容易なことではない。体ごとを移動させ、作品を書いてきたこの人ならではのリアリティが、他の彼の全ての作品同様、そこには備わっている。
 サイン会の会場へと出かける直前、小説とは、との問いに、「力のある小説は、読み終えた後、世界がまるで変わってしまう経験をさせるものだと思う」とル・クレジオ。『隔離の島』もまた、そんな可能性をはらむ一冊である。

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『隔離の島』

ル・クレジオ著、中地義和訳/フランスからモーリシャスに向かう船へ不法に乗り込んできた2人の男が、到着直前に天然痘を発症、一行は目的地近くの島に足止めされる。40日にわたる検疫隔離、薬も食糧も不足する極限状態はどんな行く末を辿るのか。筑摩書房/3,045円。

text/
Sawako Akune

本記事は雑誌BRUTUS772号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は772号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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