人生仕事

余命を勝手に宣告されて、70までは無理だぞと。|三浦雄一郎

TOKYO80s

No. 771(2014.02.01発行)
コレクター
PHOTO / SHINGO WAKAGI

三浦雄一郎(第三回/全四回) 

1962年に第2回世界プロスキー選手権がアメリカであって、アルバイト先の登山用具屋さんが、飛行機賃だけは出してやるからあとは向こうで稼げっていうんで、ヒッチハイクしながら大会に出ました。その年の世界ランキングで8位に入ったんですよ。けどもう30歳ですからね、次に人がやらないことをやろうとイタリアのスピードレースに出ました。東洋レーヨンへ出かけていって、世界で一番抵抗の少ない薄いユニフォームを作ってくれ、ついでにスポンサーも ってね。運良く面白がってもらえて(笑)。それで世界新記録を一瞬ですが立てて、世界でもちょっと知られ始めました。次に、富士山をパラシュートブレーキ使って直滑降。これが世界中のニュースになって、じゃあ次はエベレストのスキーだ ってね。この時、石原慎太郎さんに頼んで、ほぼ半年間、石原プロ全スタッフがヒマラヤに集まって映像を撮りました。このフィルムは日本ではあまり露出しなかったんですが、随分後にカナダの会社が買って、英語版を作ったらどういう間違いか、ハリウッド映画祭で長編記録映画の賞をもらって(笑)。それで世界で知られるようになって、次は世界の7つの大陸の最高峰を滑ってやろうと。スキーと山の歴史の上で、ほとんど誰もしなかったことを一応やり遂げたんですよ、57歳で。するともう後は定年退職でやることがない。余生を楽しむかってね、僕は基本的札幌で暮らしてるんですが、札幌はジンギスカン、焼肉食べ放題、飲み放題で3600円(笑)。飲み食いばかりで後はたまのゴルフ、冬は子供と遊ぶ程度のスキー。するとあっという間にメタボにね(笑)。半年経たないうちに身長162センチで体重が88キロ。明け方布団の中で心臓が掴まれたように痛くなる。狭心症の発作ですよ。いつか病院行かなきゃと思いながら、誘われたら飲みに行く。病院行くのが怖かったんですよ。手術しろとか、スキーやめなさいとか。とうとう健康診断を受けさせられて、結果は赤字だらけ。血圧も190、高脂血、糖尿病。このままじゃ1、2年以内に人工透析、さらに医者って余計なことしてくれるもので余命も勝手に出されて、70までは無理だと(笑)。原因は飲み放題食べ放題、運動しないからですよ。それまで目標のためにトレーニングをしてきた。その目標がない。自分で勝手にリタイアしてしまったからなんですけどね。(続く)

三浦雄一郎
みうら・ゆういちろう/1932年生まれ。プロスキーヤー、登山家。3度のエベレスト登頂。

第1回第2回第3回第4回

photo/
SHINGO WAKAGI
text/
KUNICHI NOMURA

本記事は雑誌BRUTUS771号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は771号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.771
コレクター(2014.02.01発行)

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