ライフスタイル

北大の試験はね、ご先祖が答えを描いてくれたんです(笑)。|三浦雄一郎

TOKYO80s

No. 770(2014.01.11発行)
続・尊敬できる日用品
PHOTO / SHINGO WAKAGI

三浦雄一郎(第二回/全四回)

 津軽半島の崖をよじ登ったり、砂浜でごろ寝したり。で、海へ潜って魚、アワビ、野菜は拾って食べたり。夏休み中、ほぼ1ヵ月。これ、高校3年間と、北大入って家へ帰ると3年間。6年間も夏は一人ぼっちで津軽半島(笑)。弘前高校は青森県で1、2番の進学校だったんですよね。で、東大はちょっとだめだけれど、北大ならなんとかなるんじゃないかっていう連中が20人受験に行って。じゃあ俺もと。北海道の方がスキーもできると。けど試験始まるまで、朝ご飯食べて、夕方までスキーして。全然勉強しなかったから、だめなら八甲田でガイドをやろうと思って。そしたらどういうわけか、弘前高校20人、優秀なのが全部落第して、僕一人受かったんです。今でも疑問ですけどね。ご先祖が答え、書いてくれたんです(笑)。ということで北大入って、大学でスキー滑って、オリンピック行きたいなと。これはだめで。次に第一次南極越冬隊の隊員候補だったんですけど、何のために南極行くか書かなきゃいけなくて、南極大陸をスキーで横断したいと。こんな馬鹿連れていくわけない(笑)。それで結局何をしようかなと。僕は獣医。僕は、医学部行くには成績が悪すぎてね。新しくできた動物の薬、薬品学の研究講座で助手を誰にしようかというときに三浦は体力あるからいいだろうって。それで、その助手(笑)。国立大学はね、大体年功序列。僕もどういうわけか、2年たてば助教授と。実験室、研究室も、面白かったし、これでノーベル賞もらえたりするのかなとか思ったりもしてね。まあでも、だんだん実験室が狭くて、退屈して。北海道大学に、昔変な先生がいて、「少年よ、大志を抱け」なんて、クラーク先生が。俺のアンビシャスは何だろうと考えていたら、スキーでは日本一になれなかったと。でもスキーとか山とかの、わけわかんない世界だけど今はまだ、日本一になれないけど、世界一になれるんじゃないかと。かみさんも僕が日本の学閥社会じゃ生きていけないと。すぐ干されるし、無理だと、性格的に。それで2人で仕事辞めて、オリンピック行こうかと。けども色々あってね、揉めてオリンピックは無理でした。職はないし、もう札幌へ帰るわけにもいかないし、ということでまさに〝おら東京さ行くだ〟。東京出ていけばなんとかなるんじゃないかというような感じで。で、夫婦で東京出てきたんです。(続く)

ライフスタイルカテゴリの記事をもっと読む

三浦雄一郎
みうら・ゆういちろう/1932年生まれ。プロスキーヤー、登山家。3度のエベレスト登頂。

第1回第2回第3回第4回

photo/
SHINGO WAKAGI
text/
KUNICHI NOMURA

本記事は雑誌BRUTUS770号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は770号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.770
続・尊敬できる日用品(2014.01.11発行)

関連記事