書籍・読書

全部“無駄”でも大丈夫。|嶋 浩一郎

ダイジョウブ本 2014

No. 769(2013.12.16発行)
この本があれば、人生だいたい大丈夫。
村上春樹の本にびっしりと貼られた付箋。少しでも引っ掛かれば、いちいち吟味せず、どんどんマークしていく。数年後に見返した時、とてつもなく重要に感じることもしばしばあるそう。
代表を務める博報堂ケトルの本棚の前で。本との出会いは一期一会と嶋さん。気になれば即買。買うことで“その本に興味を示した自分”を記録する意味もある。自宅の蔵書は1万冊超。

「一杯めのウィスキーでほっとした気分になり、二杯めのウィスキーで頭がまともになる。三杯めから先は味なんてない」(上巻p.177)

『羊をめぐる冒険』
村上春樹

羊と友人・鼠を探して北海道へ渡る「僕」の物語。「村上春樹の小説にはウイスキーの描写が多い。これを読んでから、バーで飲むウイスキーは2杯まで。『ノルウェイの森』のマスターベーションが失敗した後に飲むウイスキーも衝撃的だったな。ウイスキーってこんな時にも飲むんだ! って(笑)」。上下巻。講談社文庫/各500円。

「それにマクビティのダイジェスティブ・クッキー! このクッキーにピーナツ・バターぬって バナナのうすぎりのせて食べると最高においしんだ・よーん」(p.61〜62)

『pink』
岡崎京子

OLとして働く傍ら、売春を繰り返す主人公のユミ。家ではワニを飼い、恋人のハルヲは小説家志望。愛と資本主義をテーマにした岡崎京子の代表作。「ユミが、私のワニも大好物だからとハルヲに勧めるこのクッキー。カンテサンスかエル・ブリか! って感じの組み合わせ。でも妙においしそう」。マガジンハウス/1,200円。

「ラーフは、眼鏡のレンズを前後にいろいろ動かしていたが、やがて、沈みかけた夕日の輝く白い像が、一片の朽ちた木の表面に定着した」(p.79)

『蠅の王』
ウィリアム・ゴールディング/作 平井正穂/訳

未来の大戦中、飛行機事故で無人島に漂着した24人の少年たち。極限下で内部闘争が始まり、人間の本質がむき出しに。「少年ピギーの眼鏡で火をおこせるとわかると彼の眼鏡を奪い合う闘争が始まるんだけど、物語を追いながら“眼鏡ってサバイバルに使えるのか!”と感心。マッチがなくても眼鏡っ子は大丈夫」。新潮文庫/740円。

「次は、覗き窓に掛ける、艶消しビニール幕の取付けだ。(中略)あらかじめ縦に一本、切れ目を入れておくことを忘れないでもらいたい」(p.11)

『箱男』
安部公房

頭から段ボール箱を被り街を徘徊する箱男。看護婦から「箱を5万円で売ってほしい」と頼まれ、箱男は病院に向かうが…。「“段ボールはビニールの被膜を張ってあるものがオススメ”とか、“ものが引っ掛けやすいよう針金でフックをつくれ”とか描写がいちいち具体的。段ボールの家ってこうつくるんだ」。新潮文庫/515円。

「永遠子は、麻婆豆腐を炒めながらウイスキーをひと匙ふりかけた。それは春子に教わった調理法だった」(p.28)

『きことわ』
朝吹真理子

葉山の別荘で、ある時間を一緒に過ごした貴子と永遠子。25年後、別荘の解体をきっかけに、大人になった少女たちが再会し眠っていた思い出を語り始める。「再会した2人が並んで台所に立ついいシーンなんだけど、一方で麻婆豆腐にひと匙のウイスキーという発想に驚かされる。これはいつかやってみたいよね」。新潮文庫/389円。

何か見つかればラッキー。本はそのくらいの気分で読むもの。

文庫本から飛び出した無数の付箋。これは嶋浩一郎さんがマークした小説の中の“無駄”の数々だ。「基本、本は無駄だと思って読むべき」と言う嶋さん。目的を持たずに本を選び、“無駄”だと言いながら、付箋を貼る? 一見、矛盾がある嶋流読書術について話を聞いてみた。

 僕の言う“無駄”は、“無意味なもの”とは少し違うんです。すぐに役立つわけじゃないけれど、いつか役に立つかもしれないもの。小説の主人公の料理のレシピとか、SFの中の極限を生き抜くサバイバル術とか。単純に印象的だった表現もそう。だから小ネタとかトリビアというわけでもない。本を読んでいて心が動いたすべてといえばいいのかな。
 ネット検索が定着した今は、結論に直線的に辿り着くことがよしとされていますよね。そういう世の中では、すぐに役立たないことは無駄かもしれない。でも、読書の意味はそれだけじゃないと思うんです。新幹線で目的地へ直行するか、鈍行列車で途中下車しながら行くか。思いもよらぬ発見があるのは後者ですよね。
 だから僕は、本を読むときは何も期待しない。自分でビジネス書を書いている手前言いづらいけれど、企画力がつくとか、泣ける小説といったリコメンドはどうなんだろうと。村上春樹の小説を読んで結論がないと言う人がいるけれど、そこがいいんです。輪郭を描くように本質を描き出す。僕が付箋を貼るのは、主人公が蘊蓄とともにウイスキーを飲んだり、サンドイッチを食べたりするシーン。“無駄”が潜んでいるのは、物語の本筋からずれた周辺です。別れ話の切り出し方から食べたことない料理のレシピまで。ささやかでも何か一つ気づきがあればラッキー、それくらいの気分で本を読むのがちょうどいいんだと思います。

読書における“無駄”はその本から得た世界の広がり。

 そうして集めた無数の“無駄”ですが、取り出してしまえば一つの情報ともいえます。ならば、その情報はハウツー本で知るそれとはどう違うのか? 例えば、『ねじまき鳥クロニクル』で僕はアイロンの掛け方を知りました。でも『アイロンの上手な掛け方』という本を読んでも、同じ情報に辿り着けるかもしれない。でも、出会い方は違う。勉強しようと思って知った情報と、自分が面白いと思ってマークした情報。物語の中で発見した情報には、自分で発見したという付加価値がある。ここに感動しろとか、こう役立つとか、読み方は人に規定されない方がいい。
 読書はもっとフリースタイルでいいんです。無駄を許容し、愛すべき“無駄”を集める。意識的にそうしないと、今はすべてが効率化された時代ですから。ささやかな心の動きを感じ取る。それこそが、本を読むという贅沢ではないでしょうか。

嶋さんが出会った、大いなる“無駄”たち。

「ある部門には『雑多研究』(ミセレニアス・リサーチ)という正式名称が付けられていて、予算も決しておまけみたいなものではなかった」(p.73)

『ポラロイド伝説』
クリストファー・ボナノス/作 千葉敏生/訳

あのスティーヴ・ジョブズに“国宝”とまで言わせた、天才創業者エドウィン・ランドとポラロイド社の歴史と逸話をまとめた一冊。「今ではグーグルも“無駄が大事”という哲学を持っているけど、それをはるか昔から企業戦略にしていたとは驚き。やっぱりいい仕事は無駄から生まれるんですね!」。実務教育出版/1,890円。

「その夜(中略)ガガーリンは、宇宙飛行士二号、つまり、礼儀を守ってはいるが沈んだ様子のゲルマン・チトフと、静かにビリヤードのゲームを楽しんだ」(p.184)

『ガガーリン』
ジェイミー・ドーラン、ピアーズ・ピゾニー/作 日暮雅通/訳

人類初の宇宙飛行士の人生を、未公開書類や友人知人への取材から解き明かす。「男のドラマが味わえるけど、半沢直樹的サラリーマン人事の悲哀も学べる本。地球に帰還した夜、ガガーリンはスペア要員の宇宙飛行士とビリヤードする。誰かが決まれば誰かが落ちる。サラリーマン人生もまるで玉突き」。河出書房新社/2,520円。

「僕がシャツにアイロンをかける工程はぜんぶで十二にわかれている。それは(1)襟(表)にはじまって(12)左袖・カフで終る」(第1部p.14)

『ねじまき鳥クロニクル』
村上春樹

猫と妻の失踪をきっかけに、平凡な「僕」の生活が狂い始める…。戦争をはじめ、巨大な暴力を描いた長編作。「主人公が頭の混乱を鎮めるために行う習慣がアイロン掛け。登場人物の人格を表す大切な描写だけれど、12の工程を踏むとうまくいくという考え方に、純粋にほほぅ、と頷いてしまう」。全3巻。新潮文庫/662〜882円。

嶋 浩一郎

1968年東京都生まれ。博報堂ケトル クリエイティブディレクター編集者。「本屋大賞」の運営に関わる。カルチャー誌『ケトル』の発行、下北沢の書店〈本屋B&B〉
運営など、活動は多岐にわたる。近著に『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』(祥伝社新書)。

photo/
Shinichiro Fujita
text/
Yuka Uchida

本記事は雑誌BRUTUS769号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は769号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.769
この本があれば、人生だいたい大丈夫。(2013.12.16発行)

関連記事