エンターテインメント

死んだ少女の残したものは…。

滝本誠のCAFÉ NOIR

No. 768(2013.12.02発行)
木の家

 真偽不明のまま、あえかな都市伝説の〈証拠品〉として、1世紀に渡ってパリで存在し続けてきたデスマスクが《名もなきセーヌの少女》です。ノートルダム寺院の側にあった死体安置所で採られたと言うことなのですが、彼女が誰か? 作者が誰か? が定かでないのです。それ以前に、はたして、本当にデスマスクなのか? 目を閉じ、微笑したライフマスクではないか? といまだに結論は出ていません。ミステリアスな少女。
 この少女のデスマスクが気に入り、当然ながらレプリカ、というかレプリカレプリカと思えますが、これをなんとしても手に入れたく、その像を今でも作り続けている古い石膏アトリエ=LORENZIをパリ郊外に探り当て、行って参りました。アジアの果てから、こんなものを探しに、しかもアトリエまで、という怪しい訪問者は稀のようで、とても歓迎してくれました。ルーブル他にもさまざまなレプリカを制作、納入している名門です。
 この少女のデスマスクが当初からパリで話題を集め、しかも石膏像が商品として流通していたことは、リルケ『マルテの手記』などの記述でもわかりますが、それをアートの領域で一気に展開したのはシュルレアリストたちです。〈少女〉と聞くとすぐトランス状態におちいりがちなSM集団=シュルレアリストにとって、それが〈美しい死体〉であればもういうことなしなのです。いってみれば、セーヌ河のオフィーリアとして、彼らはオマージュにいそしみます。全編、この少女に憑かれたかのような小説を書き上げてしまったのが、ルイ・アラゴンでした。彼の『オーレリアン』は、このデスマスクに理想美をみて、現実の女にも投影させます。キミは死体少女とそっくりで美しい、と言われても、ですね。でも、彼女も彼の趣向をゆっくりと受け入れ……。アラゴンに煽られるように、マン・レイも写真作品を取り上げました。『オーレリアン』は新潮社の現代世界文学全集の24巻として昭和29(1954)年に刊行されています。アラゴンが教える酒場での論争勝利法は、誰も知らない名前をストックし、相手にぶつけることだそうです。

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たきもと・まこと/著述業。元雑誌編集者。今年一番の思い出はLOVEなアレかな? HELLなソレかな?

本記事は雑誌BRUTUS768号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は768号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.768
木の家(2013.12.02発行)

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