映画

サウジアラビア初の女性監督が描いた希望。

BRUTUSCOPE

No. 768(2013.12.02発行)
木の家
西 加奈子(左)、ハイファ・アル=マンスール(右)
爽やかな感動作『少女は自転車にのって』公開。
映画館の設置が法律で禁じられている国、サウジアラビア。女性による自動車の運転が禁止されるなど、女性の行動を制限する慣習が今も残るこの国で、女性初の映画監督によるみずみずしい一作『少女は自転車にのって』が誕生した。ハイファ・アル=マンスール監督に話を聞くのは、同じアラブ諸国の一つ、エジプト・カイロで幼少期を過ごした作家の西加奈子さん。西さんが「素晴らしかった」と感想を伝えると、監督はたちまち相好を崩した。

ハイファ・アル=マンスール ありがとう(笑)。嬉しい言葉です。
西加奈子 たとえサウジアラビアの問題(*1)を描いたものでも、ルポルタージュや報道ではないので、映画は絶対に楽しめないといけませんよね。だから、観る前はちょっと不安だったんです。でも、まず映画として楽しくて、ストーリーに没頭しました。そして、観終わった後にはやっぱりただの映画とは違うものも残って。報道のリアルな映像を観るより、映画で観た方がその問題に興味が持てるんですね。これが芸術の持つパワーだなってあらためて思いました。
ハイファ たしかにサウジアラビアの女性は世界的にも興味深い対象として扱われてきて(*2)、どうしてもその点に焦点を当てられることがあるんです。でも西さんが今言ったみたいに、そのことで観る人を不安にはさせたくない(笑)。映画は他の芸術と同じように、まず人の心をつかむべきものです。人の心に触れ、高揚させたり楽しませたりするものだと思っています。
西 大好きなのが自転車の登場シーンです。塀の上を自転車がスーッと流れ星みたいに走っていくんですね。自転車は主人公のワジダとそのお母さんが最後に〝塀〟を乗り越えていくメタファーになっている。魔法の杖でも戦車でもなく、それが自転車だっていうところがいいですよね。彼女たちの半径5メートルくらいの世界を描いているようで、そこにはとても複雑な要素が盛り込まれています。
ハイファ 自転車は一つの夢です。同時に映画史とも密接な関係を持っています(*3)。『E.T.』で月をバックに自転車が走っていくシーンをみんな覚えているでしょう? 『自転車泥棒』という名作もありました。サウジアラビアには映画の歴史がないので(*4)、そうやって自転車を登場させて、映画史とリンクを持ちたいと思ったんです。
西 一方で、とてもショックだったのは、ワジダに何かを禁じるのがだいたい女性だということです。もともと男性に禁じられてきたことを忘れるくらい、その慣習が社会に浸透しているのが怖いなって。そんな中、ワジダがどうして希望かというと、彼女は純粋に「なぜ?」と問いかけるんですよね。お母さんが当然だと思っていることでも、ワジダはなぜ家系図に女性の名前が載らないのかとか、いろいろなことに疑問を持つ。それは私も小説で描きたいと思うことです。子供の「なぜ?」
にはとても強い力があるなって。
ハイファ 大人になるとそれを受け入れてしまって、「なぜ?」と問わなくなりますよね。サウジアラビアの女性観は社会秩序の産物でもありますが、女性自身がそういった考え方をよしとして推し進めてきた一面もあるんです。ただ、それでも希望は間違いなくあると思っています。自分自身を信じること。そして、諦めずに勇気を持つこと。それが肝心なんじゃないでしょうか。
西 素晴らしい考え方だと思います。
ハイファ 私は今回の映画でサウジアラビアの女性の問題に触れましたが、それ以上に、私たちはどうすればハッピーになれるのかという映画を作りたかったんです。言い換えれば、私たちは被害者ではなく、勝利者だということを描きたかったんですね。
*1 近年ではリベラル化が進むが、それでもアラブ諸国の中で最も保守的な国の一つといわれているサウジアラビア。本作はそんなサウジに残るさまざまな慣習に疑問を投げかける。すべての役柄をサウジアラビアの俳優が演じたが、サウジではメディアを通じた俳優の募集ができず、製作は非常に難航した。

*2 サウジアラビアにおいて、基本的に家族以外の男女は隔離されて生活する。小学校から大学まで教育は男女別学。女性は10歳頃から、男性のいる場所ではアバーヤと呼ばれる黒い布で全身を覆い、ヒジャブという黒いスカーフで髪を隠すようになる。女性が自動車に乗ることや一人で旅に出ることは許されていない。また結婚前の男女交際も禁じられている。女性には家庭を優先させるべきという考え方が以前は一般的だったが、最近では働く女性も少しずつ増えてきている。

*3 古くから自転車が登場する名作は多い。『E.T.』『自転車泥棒』以外にも『明日に向って撃て!』『天国から来たチャンピオン』『ヤング・ゼネレーション』
『少年と自転車』などがある。

*4 映画館の設置が禁じられ、人々が映画と出会う機会の少ないサウジアラビア。ハイファ・アル=マンスール監督は両親に映画のビデオを見せられ、映画を好きになったという。近年では映画館以外の場で外国の映画に触れる若者も増え、アクションやホラーのようなジャンル映画を撮りたいと考える若いサウジアラビア人が出てきている。

『少女は自転車にのって』

監督:ハイファ・アル=マンスール/出演:ワアド・ムハンマド/女性への制限が多い国で、ただ自転車に乗りたいという気持ちを貫こうとした、10歳の少女ワジダの物語。希望に満ちたラストシーンのみずみずしさ! 12月14日、岩波ホールほかで全国順次公開。©2012, Razor Film Produktion GmbH, High Look Group, Rotana Studios All Rights Reserved.

ハイファ・アル=マンスール

1974年サウジアラビア生まれ。97年にカイロ・アメリカン大学を卒業後、帰国し短編映画やドキュメンタリー映画を製作。長編デビューとなる本作は、アカデミー賞外国語映画賞部門サウジ代表にも選出された。

西 加奈子

にし・かなこ/1977年イラン・テヘラン生まれ。その後、エジプト・カイロ、大阪で育つ。2004年に『あおい』でデビュー。05年『さくら』がベストセラーとなった。主な作品に『通天閣』『ふくわらい』など。

photo/
Nahoko Morimoto
text/
Yusuke Monma

本記事は雑誌BRUTUS768号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は768号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.768
木の家(2013.12.02発行)

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