原節子さんを観ていると、そこに小津監督の顔が浮かんできますよね。

BRUTUSCOPE

No. 767(2013.11.15発行)
小津の入口
向井康介
前田敦子
山下敦弘
これは小津安二郎『晩春』のアップデート版か⁉ 前田敦子主演『もらとりあむタマ子』が公開。
『もらとりあむタマ子』で前田敦子さん扮するタマ子は、「ダメだな、日本は」とかぶつくさ言いながら、日がな食べて寝て漫画ばかり読んでいる自堕落な女の子。しかし、父親に再婚話が持ち上がると、それまで気づかなかった父への思いに戸惑いを見せる。まるで原節子扮する紀子が、『晩春』で笠智衆扮する父に複雑な思いを抱くように。
 山下敦弘監督と、大学時代からコンビを組む脚本家向井康介さんと一緒に、小津映画のことをあれこれ話した。

前田敦子 お2人は小津監督の映画って観てますか?
向井康介 後期のは一通り観たかな。一番好きなのは『麦秋』。あと『お早よう』とか『早春』とか。岸惠子がすごく好きでね。『早春』
に出てるんだけどすごくいいんだ。
前田 まだ観てないから今度観てみます!
山下敦弘 俺は大学の頃に『東京物語』を観て、実はそこで止まっちゃってた。
向井 『東京物語』は教科書に載るような映画だから、そんな由緒正しい作品を観ても仕方ないんじゃないかと思っちゃうんだよね。それより『麦秋』の原節子の色気とか、ああいう方に惹かれてしまう。
前田 私が最初に観たのは『東京物語』なんです。あの中で原さんは、血の繋がってない他人だからか、常に周囲を気遣ってしゃべるんですよね。「いいえ」「いいえ」って。あのしゃべり方に惹かれて。
山下 ちょうど『タマ子』を作っている途中で、『晩春』を観たって言ってたよね。その時もずっと原節子のしゃべり方を真似してて。
前田 たまたま飛行機で観たんですよ。それで「汚らわしいわ」って(笑)。原さんが自転車でデートするシーンもすごく好きなんです。
向井 あのシーンはいいよね。俺も好き。
山下 『晩春』を観ると風景がなんか変でさ。アキ・カウリスマキの『ル・アーヴルの靴みがき』を観ていたらすごく似てるんだよね。作りもののような嘘っぽさがあって。
前田 ロケなのかセットなのかよくわからないですよね。あと笠智衆さんもやっぱりすごいと思います。しゃべり方はほとんど変わらないのに、『晩春』と『東京物語』とではまったく違う年齢を演じている。『東京物語』ではちゃんとおじいちゃんに見えるなって。
山下 そうだよね。役によって芝居を変えるわけじゃないもんね。
前田 そのまんまなんです。真っすぐな感じで。でも違和感を覚えないんです。
山下 『晩春』の笠智衆はずっと「うん」「うん」としか言ってない印象がある。一方、物語を作ってるのは原節子で、映画の前半と後半とで顔が全然違うんだよね。後半の顔がすごく怖くて。
向井 原節子は大柄だから、例えば成瀬巳喜男の『めし』や『驟雨』を観ても、どうしても強い女性として描かれてしまう。でも小津映画の原節子は全然違うよね。『麦秋』の終盤で、杉村春子扮するおばさんに「あたしみたいな売れ残りでいい?」ってはにかんだ笑顔を見せるんだけど、俺はあれを観たいがために『麦秋』を観るくらいだから。小津映画の中でしか見せない原節子の笑顔がある。
前田 原さんを観ていると、そこに小津監督の顔が浮かんできますよね。
山下 原節子が『晩春』で「お嫁に行ったってこれ以上のしあわせがあるとは思えない」ってことを父親に言うじゃない? あれはやっぱり親子の関係を越えている気がする。きわきわだよね。
向井 だから小津原節子の関係が勘ぐられたんだよ。小津の目線は『晩春』の父親に近いと思うから。
山下 俺が『タマ子』を撮ってた時も、最初は父親の目線に近いのかなと思ってたんだよな。でも、実はタマ子の目線だったんじゃないかって。娘を思う父親の目線はまだ自分にはないもんね。
前田 私から見ても山下監督は全然お父さんっぽくないです(笑)。
向井 おっさんではあるけどね。

『もらとりあむタマ子
監督:山下敦弘/出演:前田敦子、康すおん/逆ギレばかりのぐうたら娘、タマ子は父と過ごす日々を通じて、ゆっくりと新しい一歩を踏み出していく。今年の釜山国際映画祭A Window on Asian Cinema部門出品作。11月23日、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。©2013「もらとりあむタマ子」製作委員会

向井康介

むかい・こうすけ/1977年徳島県生まれ。脚本家大阪芸術大学在学中からの親友、山下敦弘監督作で『リンダリンダリンダ』『マイ・バック・ページ』などを手がける。公開待機作は『クローズEXPLODE』。

前田敦子

まえだ・あつこ/『もらとりあむタマ子』は2011年の映画『もしドラ』以来となる単独主演作。山下敦弘監督とは『苦役列車』に続く顔合わせを果たした。公開待機作は、黒沢清監督・脚本の『Seventh Code』。

山下敦弘

やました・のぶひろ/映画監督1976年愛知県生まれ。99年『どんてん生活』で長編監督デビュー。近年の主な作品に『松ヶ根乱射事件』『天然コケッコー』『マイ・バック・ページ』『苦役列車』などがある。

photo/
Satoko Imazu
text/
Yusuke Monma

本記事は雑誌BRUTUS767号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は767号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.767
小津の入口(2013.11.15発行)

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