人生

お金のいらない時代が やってくるとしたら。| 伊藤直樹×山口揚平

未来に、お金は どう変わるのか?

BRUTUS特別編集(2019.03.15発行)
BRUTUS特別編集 合本 お金の、答え。
人類最大の発明品、お金。今の社会を支える便利な「道具」なのは間違いないだろう。誰もが欲しがる魅力がある半面、頭を悩ます存在にもなるから不思議だ。お金との関わり方を示唆する物語から、仮想通貨にまつわる最近の事件簿まで。お金について突き詰めて考えると、人間そのものを問うことにつながる。

テクノロジーの発達によって、お金のかたちがどんどん見えなくなっている現代。キャッシュレス社会が進展していくだけでなく、やがて「お金」の概念そのものが消える、と思想家の山口揚平氏は説く。いったいそれはどんな未来なのか。お金にまつわるサービスをデザインする立場から、クリエイティブディレクターの伊藤直樹氏が迫った。

伊藤直樹 
僕たちの会社ではデジタルを使って人の体験をデザインします。「未来の体験を社会にインストールする」ことが社是なんです。シェアリングエコノミー(*1)が進む世の中でモノや情報をやりとりするとき、分散型でそれぞれ台帳管理ができて、セキュリティを保ちながらP2P(*2)通信が可能なブロックチェーンは革命的だと思いました。社会で動かすものを実際につくるという意味で、自分たちでゼロからビジネスモデルを考え、デザインと実装まで手がけた〈VALU(バリュー)〉(*3)を社長の(小川)晃平君たちと世に送り出したんです。
山口揚平 
VALUは個人の価値を売買するコンセプトも新しかったし、柔らかい雰囲気のデザインが秀逸でした。何をするものかわからなくてもユーザーフレンドリーで入りやすい。個人通貨をビットコインで売買する点もウケたのでは?
伊藤 
リリース後にビットコインの暴騰があって、そこにみんなの意識が向いてしまったのはあります。不安定な仮想通貨市場に翻弄される向きはあるものの、基本コンセプトは変わらないし、晃平君たちは日々いろんな機能をアップデートしています。ちなみに僕、NEM流出事件(*4)の被害者なんです。いつの間にかお金がなくなって、ある日気づいたら返金されていた。こういう新しい体験もある種の実験ですね。
山口 
仮想通貨に関しては、リスクより実際に体験する価値の方が大きいと実験的にやっている方が本当に多いです。
伊藤 
山口さんの本(『新しい時代のお金の教科書』)では、仮想通貨に否定的な意見がありましたね。
山口 
否定しているのではないんです。ただ、今は1600種類くらいの仮想通貨があり、淘汰が始まるのは確か。基本的に通貨の価値を決めるのは「信用性」と「汎用性」という2つの要素です。信用性は通貨を発行する母体の強さ。汎用性は端的に言えば使う人の数です。そう考えると、仮想通貨は上位20種類ぐらいに収斂されるのは間違いないと思います。一方で、仮想通貨から派生するトークン(*5)が個別の企業やプロジェクト、あるいは個人から発行されていくという、新しいお金の流れは止まらないでしょう。
伊藤 
いわゆるICO(*6)によるコインですよね。
山口 
VALUもその一形態だと思うんです。この方向に世界が流れたとき、国家による貨幣の発行益、シニョリッジ(*7)と言いますが、法定通貨の権益とぶつかることになる。まさに両者のせめぎ合いが始まっています。貨幣の定義はシンプルで「外部化された信用」です。とある信用がトークンでも株券でもいいのですが、いったん外部化されて人に譲渡されるなど流動性を持つと通貨になる。みんなの中でそれがモヤッとわかってきた段階だと思います。

*1
ユーザーと提供者をネットでマッチングするプラットフォーマー企業(代表格はエアビーアンドビー、ウーバーなど)の台頭によって発達したマーケットや経済圏。共費型経済、共有型経済ともいわれる。

*2
ピア・ツー・ピアの略称で、サーバーを介さずに複数の端末間で直接行う通信。自律分散型ネットワークの構築に有効。

*3
2016年11月にサービスと同名の会社を設立。代表は小川晃平。発案者の中村洋基(Partyファウンダー)が取締役の一人に就任。2017年5月末「じぶんの価値をトレードできるサービス」としてベータ版公開。審査を経た登録者は、自らのトディングカード(VA)を発行して売買できる。取引にビットコインを用いるのが特徴。

*4
コインチェック社が保有していた顧客からの預かり資産である仮想通貨NEM(ネム)が不正流出した事件。p.‌100参照。

*5
既存の仮想通貨のブロックチェーン上に追加情報を記帳し、新たに独自発行した通貨や証券類と見なしたデータのこと。発行主体は、発行益や運用益が得られる。元の意味は地下鉄の利用時などに使う代用硬貨。

*6
新規に発行した仮想通貨やトークンを仮想通貨取引所に上場し、投資家から資金調達をする一連のプロセス。イニシャル・コイン・オファリング(Initial Coin Offering)の名称は、新規株式公開(IPO=Initial Public Offering)のもじりから。

*7
政府・中央銀行による通貨発行益。元の意味は古フランス語で中世の封建領主(シニョール)が持つ数々の特権を指す。

対談を収録したのは代官山ヒルサイドテラス内〈PARTY〉のスタジオ。新拠点を鎌倉にもオープン。

社会への汎用性を選び 貨幣は個性を犠牲にした。

山口 
これまで執筆や研究などお金に関する仕事を多く手がけましたが、僕の最終的なビジョンは「お金のない世界をつくる」ことにあります。
伊藤 
それって、目に見えて触れられる、つまりフィジカルなお金をなくすという意味なんですか?
山口 
いえ、お金という概念そのものの消滅です。そこに至る道筋を、この20年ほど考えていました。まず資本主義の研究から入ったんですね。先ほどの本は2015年に書いた東大の修士論文が基になっていますが、当時『世紀の資本』(*8)がブームとなり、資本主義が格差や富の偏在を必然的に生んでいるという論調が強くありました。
伊藤 
ピケティの登場は強烈だったから世の中全体が「資本主義は悪だ」というふうに振れちゃいましたね。
山口 
でも、僕は「いや、待てよ」と。相対的な幸・不幸、その結果としての格差や差別は、どんな時にもどんな場所にも生まれる。お金のない時代やそれを禁止したスパルタにもあった。だから格差も偏在もお金や資本主義の問題の本質とはいえないぞ、と。むしろ「お金」に問題があるとすればその性質そのものにあるんじゃないか。お金は誰もがわかる「数字」という汎用言語(*9)で表されます。汎用性は、裏を返せば個別を失わせるということです。
伊藤 
最初はきっと誰かに紐付いていた「信用」という価値が、数字に置き換わることで誰のものかわからなくなってしまうと。
山口 
お金の取引によってそれまでのつながりや物語といった文脈が保全されなくなります。ちなみに、伊藤さんの会社にいるクリエイターの方たちは、きっとお金や数字の話が苦手でしょう?
伊藤 
その通り。僕は経営者なので会議で売り上げの話などをしますが、彼らは途端に下を向いてPCをいじり始める(笑)。どうしても彼らに数字が愛されない現実はありますね。
山口 
数字化することで、お金は個が持つ有機的な価値を減じます。みんな等価で個性を認めないんだから、クリエイターから愛されなくて当然です。でも人類にとってお金は最大の発明だった。人類史を振り返れば「個性」と「社会性」という相反する特性をミックスした(*10)からこそ、人間は生物界のトップに君臨できたとわかります。貨幣は誰でもわかるというその汎用性の強さをもって社会性を拡張しました。しかし強すぎる汎用力は、個性や心を犠牲にしています。お金が嫌われる理由も、突き詰めて考えなきゃいけないと思うんですね。

*8
フランスの経済学者、トマ・ピケティが2013年に出版した経済書。富裕国で大幅に拡大した富と所得の格差は今後どうなるのか。ピケティは「資本収益率が産出と所得の成長率を上回るとき、資本主義は自動的に、恣意的で持続不可能な格差を生み出す」と主張する。

*9
「ファイナンスの語源は、ラテン語で『王の蔵』の意味があるfinis(終着点)。これは英語になるとフィニッシュのこと。つまり“最終言語”から来ています。価値を数字で表す、人間関係の最後のコミュニケーションツール。それがお金の正体です」(山口氏)

*10
「人間は個体それぞれに違う個性があり、かつそれらがコミュニケートする社会性もある。群れをつくるほかの動物はみんな同じで個性がないですよね。個性と社会性のかけ算をやっている人間以外の生物種はあまりいないわけです。遺伝子を含めた一元化が行われてしまうと、ヒトという種の生き残り戦略に支障が出るので、個体の違いは大事にする。同時に社会も大事にできるのが強さです。この2つを軸に、分業と交換を通して人間は発展しました」(山口氏)

分断された心とお金を もう一度近づけられないか? 伊藤直樹

お金のしつらえを変えて 新しいコミュニケーションを。

伊藤 
分断された心とお金をもう一度近づけられないか、僕がアイデアとして思いつくのは「スマイリーマーク」です。スマホの顔文字などに使われていますが、あれが硬貨に見える瞬間があるんです。心の中にある気持ちというものは、本当は人と贈り合える。今は家族や親しい人に対して顔文字やスタンプを贈るわけですが、貨幣としての価値はあえてありません。お金が踏み込めない領域というものがありますからね。
山口 
ええ、家族や共同体です。昨日も地方創生の会議で話をさせてもらったんですが、共同体のコミュニティをつくるとき、安易に地域通貨を使ってはダメだと強調しました。それは地域の中のつながりを削り取って換金してしまうから。信用も汎用性もない中途半端な地域通貨は、かえってコミュニティの有機的な価値を下げてしまうだけです。
伊藤 
共同体はコミュニケーションによって成立しているから、それを壊さないよう、いやらしくないかたちで感謝だったり、同意だったり、称賛だったり、なんらかの意味を込めたコインを顔文字感覚でやりとりできるサービスを考えているところです。スマホの形ってご祝儀袋や、おばあちゃんからもらうお年玉のポチ袋と似ているし。
山口 
まさに新しいお金をデザインする感覚で面白いですね。金融の世界でも、いかにも貨幣といったものではなくメザニン貨幣(*11)といって、貨幣ではないけれど単純な贈与でもないという非常にウェットなお金の流れが模索されています。完全な通貨とはいえないけれど、価値を循環させる一つのメディア。そういうものが今すごく開発を求められているんです。

*11
メザニンの訳は「中2階」で、いずれの性質も半分ずつ備える意味合いがある。金融用語で「メザニン・ファイナンス」といえば、株式(エクイティ)と融資(ローン)の中間の性質を持つ資金提供法。「優先株式」や「劣後ローン」とも呼ばれる。

お金が消滅した未来では つながりや物語が価値になる。山口揚平

試行錯誤の時期を経て やがてお金は消滅する⁉

伊藤 
ただの数字に代わる価値を、お金にどう実装させるか。一つの方法として山口さんが本で触れた「時間主義経済」(*12)のように、時間を使う方法がありますね。人それぞれが平等かつ個別に持っていて、数量化できる唯一の価値ですから。
山口 
本当にそうです。実際に僕らも「タイムシェア」(*13)というサービスをつくりました。
伊藤 
話題になった「タイムバンク」(*14)も山口さんの考えにシンクロしていましたね。
山口 
僕の時間通貨(*15)の考え方は、例えば「高校生が空き時間に介護すると、将来、自分が介護してもらえるマイレージが貯まっていく」という具合に、自分のかけた時間の価値が長い時間を経て、利息をつけて返ってくるイメージです。
伊藤 
確かに「30分でも介護できる誰か」を利用者とマッチングする仕組み、お金を介さず時間に価値を置いたやりとりのサービスはこれから求められそうです。そこでは「その人が介護をしてくれるのにふさわしい人物なのか」という信用の問題も出てくるから、「評価経済」(*16)の枠組みがくっついてくることにもなりそうです。
山口 
10分ごとに記録を刻み続けるブロックチェーンがもたらすのは、完全な「記帳主義経済」(*17)の社会です。時間交換もその一つですが、記帳によって「あげた」「もらった」ことだけひたすら記録するので、媒介としてのお金が必要なくなります。しかし結果として到来するのは、評価経済を超える恐ろしいまでの監視社会かもしれません。
伊藤 
それは、ある種のディストピア(*18)といえますね。
山口 
一方で、全く新しい哲学観が浮上してきています。「そもそも僕らはどこにアイデンティティを置くのか」という問題です。自分とは何かという自意識が「個人」から「関係」へと少しずつズレつつあるんです。難しい言葉で「関係生命論」(*19)といわれますが、人間は物質としての生物であるけれども、それだけをもって生命とは呼べない。関係こそが生命であるという考え方です。
伊藤 
なるほど。
山口 
自分という生命を規定するのは、肉体を持つ個体ではなく、むしろドーナツ型につながる小さな周辺のことなんだと。それは友人であり、家族であり、社会的な立ち位置であって、そのように考えていくと、独立した個としての輪郭は少しずつぼやけていくんですね。
伊藤 
関係生命論はいいですね。中央集権(*20)でなく、関係ごとに通貨を替えてもいいのかなと思うんです。例えば、家族というのは賃金をやりとりするお金の関係にはありません。ただ、お駄賃をあげたり、お小遣いをもらったりとかはあるじゃないですか。そのときの通貨はどうなるのか。あるいは僕が住む葉山で、地元の人たちと交わることがあるんですね。今も地域通貨のようなものはありますが、関係によってしつらえを替える通貨ができるのかもしれない。信用経済では、性悪説に立って相手を少し疑っているようなところがひょっとしたらあります。相手を探り合う段階「信用スコアによれば、この人はある程度いい人だな」という関係でやりとりする通貨もあり得るのかなと思うんです。
山口 
そのようなお金をめぐる試行錯誤を経て、将来お金がない未来が訪れたなら、それは個人の境界がなくなった世界です。近代では個人の権利や所有を前提に僕らは生きてきたし、アイデンティティもそこにありました。でも「関係こそが生命の本質である」と前提が変化した時代には、価値はつながりや物語そのものになる。その世界では、数字で文脈を分断する今の貨幣などのツールは意味を持たずに消滅します。それが「お金」という概念のなくなる日のことです。

*12
20世紀までのお金でモノを流通させていた時代から、社会的欲求であるコトを満たす方法として「時間」を通貨として用いるようになる経済のこと。個人に帰属する数字は時間しかないとし、21世紀の財の生産に必要な資源は時間であるとした(『新しい時代のお金の教科書』より)。

*13
人の「空き時間」を共有するサービスとして、2015年7月公開。予定調整アプリとして利用されている。

*14
メタップス社が「時間を売買できるアプリ」として2017年9月に公開。「10秒単位で時間をリアルタイムに売買できる仕組みを通じて経済と時間の再発明を目指す」としている。個人の「時間」を単位とする経済システムの実装は、米国英国オランダなどに先例があったが、タイムバンクは著名人専門家の時間にアプローチした点で異色だ。「時間を取引する」「買った時間を使う(ビジネスの相談や講演依頼など)」「自分の時間を(審査を経て)売り出す」といったことができる。

*15
「時間が通貨になれば“健康”はその原価になりますから、医療費も減ります」(山口氏)

*16
岡田斗司夫による2011年の著書『評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている』のタイトルが広く知られ、一般用語として認識された。本書では「評価」が「お金」に勝る時代の到来を予言。

*17
モノを互いにシェアする中で、お金を使わずあげたもの、もらったものをすべて記帳することでやりとりを簡単にする経済。Giver(与える人)とTaker(受け取る人)を明らかにするため、取引すべてが記帳される分散台帳を、改竄不可能なブロックチェーンで参加者全員が共有することが条件(『新しい時代のお金の教科書』より)。

*18
不幸な空想社会を意味する、ユートピアの反意語。反理想郷。「ディストピアを超えて人は進化します。今までの私たちの世界観は、個人の権利や幸せ、個人対個人の取引など、常に“個人”が前提でした。それが変わるかもしれない」(山口氏)

*19
例えば、20世紀を代表するオーストリア出身の理論物理学者、エルヴィン・シュレディンガーは、物理理論の知識を応用して独自の生命観を記述した『生命とは何か』を1944年に出版。のちに発展する分子生物学の領域に強い影響を与えた。新たな生命論の提唱は、時として時代を大きく動かす。

*20
「VALUはまだ“セミ中央集権”なんですね。VAというトークンを発行し、サーバーで管理していますから。ブロックチェーンで本当に非中央集権の世界が生まれたとき、その先にどんなサービスがあるのか。山口さんぐらいお金の知見と思考量がないと、なかなか飛び越えられない。それをぜひ一緒にやらせてほしいという感想を持ちました」(伊藤氏)

山口氏は著書で、モノをお金でやりとりする「資本主義」 →コトを時間でやりとりする「時間主義」→モノを信用で直接やりとりする「記帳主義」→コトを信用でやりとりする「信用主義」へと段階的に変化する未来を説く。

伊藤直樹

いとう・なおき/1971年静岡県生まれ。早稲田大学卒業。ワイデン+ケネディ東京を経て、2011年Party〉設立、クリエイティブディレクターCEOに就任。サービス&プロダクト、エンターテインメント、ブランディングを軸に活動。2018年『WIRED』日本クリエイティブディレクターに就任。

山口揚平

やまぐち・ようへい/1975年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、東京大学大学院修了。専門は貨幣論・情報化社会論。90年代より大手コンサルティング会社でM&Aに従事。カネボウやダイエーなどの企業再生に携わった後、30歳で独立。最新刊は『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』(プレジデント社)。

photo/
Satoshi Nagare
text/
Hirokuni Kanki

本記事は雑誌BRUTUS特別編集の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容はBRUTUS特別編集発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

BRUTUS特別編集
BRUTUS特別編集 合本 お金の、答え。(2019.03.15発行)

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