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昭和歌謡の作り手たち。歌手・伊集加代「誇りを持ってスタジオシンガーに徹してきた」

熱気溢るる昭和の歌謡曲界には、そのエネルギーに引き寄せられるように多くの才能が集結した。編曲、コーラス、プロデューサー……作る、歌う、育てる。あのキラキラした世界を支えた、作り手たちの物語。

photo: Eri Morikawa / text: Shinya Matsuyama

誇りを持ってスタジオシンガーに
徹してきました

メインボーカルをカラフルに彩るバックシンガーたちもまた昭和歌謡には欠かせない重要な役者だが、その代表格として尊敬されてきたのが伊集加代子(現在は伊集加代)氏だ。

CMやドラマ主題歌なども含め1万曲以上を録音してきたレジェンドは、84歳の今も現役のシンガーである。

もともとクラシックの声楽をやってたんだけどジャズが大好きで、60年代半ばからフォー・シンガーズやシンガーズ・スリーというコーラスグループで活動し始めたんです。
小粋なスキャットやハミングで人気があったシンガーズ・アンリミテッドやダニエル・リカーリなどをお手本にして。

シンガーズ・スリーの頃の伊集
シンガーズ・スリーの頃の伊集さん(左)。歌謡曲からアニメ、CMまで幅広く活躍。

そんなスタイルが、洋楽色を強めつつあった当時の歌謡曲にマッチしたんでしょうね。いつの間にかどんどん仕事が増えていって。70年代には毎日、朝から晩まで複数のスタジオをハシゴして歌っていました。

歌謡曲のバックコーラスだけでなく、CM音楽、ドラマや映画の劇伴など、声がかかればなんでも引き受けて。1日に9ヵ所で録音したこともあります。歌謡曲だと筒美京平さん、川口真さん、都倉俊一さんなどの仕事が特に多かったですね。

まずインペグ屋さん(録音に演奏家を手配する業者)から「何日の何時に○○○スタジオで」と連絡が来るんですが、スタジオに入るまではなんの仕事なのかもわからないことが多いんです。

そして、曲名もついてない楽譜を受け取り、初見で歌う。歌謡曲だと1曲1時間、CMだと15分ぐらいで仕上げてすぐに次のスタジオに移動する。そんな毎日でした。

移動中のタクシーのラジオで聴いて、ああこれかと初めて曲名を知ることも珍しくなかった。CMだけで7000曲以上とかいわれているみたいですが、全部でどれくらいやったかは自分でもわからないんです。

スタジオシンガー・伊集加代
誌面でお伝えできないのが残念だが、声の艶やかさ、明瞭さに圧倒される。

コーラスガールの誇りを
胸に、ずっと歌い続けたい。

私はとにかく歌えるだけで幸せでした。中身がなんだろうと。名前が表に出なくても全然気にならなかったし、誇りを持ってスタジオシンガーに徹してきました。

歌謡曲だと平山三紀さんの「真夏の出来事」や弘田三枝子さんの「人形の家」は大好きでしたね。
「男の子女の子」でデビューした郷ひろみさんはものすごく可愛かった。筒美京平さんの曲は歌いやすかったけど、楽譜が読みづらくて大変。

川口真さんはすぐカッカするからあだ名が“川口閣下”。ジャズ畑のコルゲン(鈴木宏昌)さんの曲はコード展開が複雑で難しい。録音の時に私たちにオシャマンベ・キャッツという新しい名前をつけてくれた大瀧詠一さん……思い出は尽きませんね。

歌謡曲以外でよく知られているものとしては『11PM』のテーマ曲やネスカフェのCM、『アルプスの少女ハイジ』の主題歌などがあるけど、ディズニーランドやサンリオピューロランドの歌も楽しい思い出ですね。

あと、特に好きなのは山下毅雄さんが作った『大岡越前』のテーマ曲かな。山下さんは、曲の大枠だけ決めて、スタジオで身ぶり手ぶりで指示しながら即興させるのが好きだった。
映像を見ながら自由に声を出してくれ、とか。現場でのそういう臨機応変なやりとりにはいつもワクワクさせられました。

録音ものとしては数年前にやったアニメ『黒執事』のサントラが最後ですが、今も年に1~2度は仲間たちとステージに立ってます。声が出る限り歌い続けたいんです。