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初の短歌集『柴犬二匹でサイクロン』を上梓。小説家・大前粟生が歌集に詠んだ思い

小説『おもろい以外いらんねん』などで知られる大前粟生さんが初の短歌集『柴犬二匹でサイクロン』を上梓。小説を書く中で忘れていく自身の時間や体を取り戻すために詠み始めたという短歌は、どんな思いで作ったのか。大前さんは話す。

photo: Katsumi Omori / text: Yoko Hasada

遠くの何かに、思いを馳せるような瞬間を

「個人的なことを人前で話したり表現したりすることが昔から苦手だったのですが、それゆえの寂しさ、虚しさのようなものを漠然と抱えてきました。そういう自分の内面と、川の流れだったり空の広さだったりがふとつながるような瞬間を短歌にしました。

小説は登場人物たちの暮らしに作者として付き合う感覚で書くもの。対して短歌は、連想や妄想も交えつつ、もう少し“私自身”を表そうという感覚で書きます。私の見た景色を通して、遠くの何かに思いを馳せるような瞬間を。

日々の生活の中で感じる様々を景色の中にそっと紛れ込ませるようにして、作った歌が多いです。弱さも臆病さも強くありたいという気持ちも、短歌だったらそのままに受け止めてくれるかなと」

“お互いにワンパンし合う関係で倒れた場所を花園とせよ”など、著者の理不尽さを放置せず傷口に寄り添うような視線は、短歌にも生きる。お気に入りの一首を聞くと“レーザービームひらいて此処は新しいうみ神様だって近づけさせない”と答えた。

「あるアイドルのライブ映像を観ながら思い浮かんだ歌。パフォーマンスが本当にきらびやかで、彼らにとって最後のライブだったこともあり、メンバーやファンの思いに画面越しながら感じ入ってしまい。どうかこの時間が誰にも奪われない、いつまでも続くものであってくれ……と願いながら作りました」

小説とは異なり、楽しみ方が難しい印象のある短歌。これまでも歌集に親しんできたという著者にとって短歌の魅力とは。

「私はお守りにそっと触れるような気持ちで歌集を開くことが多いです。その短さから、短歌は自分の手のひらの中にすっと収まってくれて、いつでも一緒にいてくれる感覚になります」

見過ごしてしまいそうな瞬間に光を当てた歌たちは、日々の味方になってくれるだろう。

大前さんが感銘を受けた一首。

野ざらしで吹きっさらしの肺である

戦って勝つために生まれた

「この歌を思い出すと自分がいつでもむき出しでいられる気がします。日々のいろいろなしがらみだったりを剥ぎ取って、ただ目の前のことだけに集中しようという気持ちが湧いてきます」。ホンアミレーベル/2,200円。

『行け広野へと』著/服部真里子
『行け広野へと』著/服部真里子